ようやく二人っきりになれた放課後。部室で、先に口を開いたのは美鶴だった。
「ちょっと、聞いてよっ」
里奈には、美鶴の言葉を強引に遮るようなマネはできない。
「さっきさぁ 体育祭の係りの事で隣のクラスに行ったんだけど、そこでかなりウザい男がいてさぁ」
思い出すだけでも気分が悪いという様子。
「なんかさ、イジめられてたみたいで。他の子も遠巻きにしか見てないからヤバいなって思ってさ、一緒にいた子に先生呼びに行ってもらったんだよね。でもさ、なんかほっといたら怪我しそうで、見てらんなくって止めちゃったんだ」
「すっ すごいじゃん」
自分の話をグッと我慢し、美鶴の話に耳を傾ける。
里奈のその、尊敬すら含む眼差し。美鶴は気分良く胸を張る。
「でしょ? 相手は男だよ。なのにさ、そのイジめられてた子、すっごい顔で私のコトを睨んでくるの」
「えぇ! 何で?」
「知らないっ」
不機嫌そうに言い放つ。
「なんかさ、ちょっと我儘なエゴイストってカンジ。イジめられて卑屈になってさ、助けてくれない周り責めて自分だけいい子ぶってるってヤツ」
ジョウダンじゃないわよねっ! とテニスボールを床に投げる。
「だいたいさ、イジめられて嫌ならイヤだって、ハッキリ言えばいいじゃんっ! 言えないからイジめられるんだっつーのっ!」
「え?」
「ハッキリ言いたい事も言えないなんて、男としてサイテーだね。くまちゃんとかって呼ばれてたかな? 名前知らないけどさ、あれじゃあこれからもイジめられるよ」
―――――― えっ?
美鶴の耳朶を、嘲笑が叩く。
くーまちゃんっ!
薄暗い部屋の中で、一瞬目の前が弾けたような錯覚。縛られている手足の痛みなど忘れてしまう。それほどの衝撃が、全身を貫く。
「あ……」
だが掠れた声は、声にはならない。
瞠目する美鶴に気付かない里奈は、真っ赤な瞳をゆっくり閉じた。
「言えなかったの」
その時の思いが再び湧き上がってきたのか、そこで一度口を閉じた。
「まるで、自分が責められているみたいで、言えなかった」
言いたいコトもハッキリ言えないなんて―――
そうだ、自分はなんて情けないんだ。
イジめられていると言えば、自分だって同じだ。陰険な悪戯は、中学生になってもネチネチと続いている。
「里奈は気にすることないんだよ。何かあったらすぐに教えて。私がとっちめてやるんだから」
美鶴が、いつもそばで支えてくれた。そんな強さについつい甘えて、困ったことがあるとすぐに頼ってばかりの自分。
そもそも万引きの件だって、美鶴に相談してどうしようというのだ? 美鶴が解決してくれるとでも思っているのか?
美鶴には、相談できない。すれば自分も嫌われてしまう。
ただ潰れそうになる自分を慰めてもらおうとしていた自分に恥を感じながら、一方で―――
ハッキリ言えないなんて、男としてサイテーだよね。
コウくんは、ハッキリと言ってはくれなかった。
ズンッと、重いものが胸に降りる。
どうして言ってくれなかったの?
コウくんさえ言ってくれたら………
そうだ。彼の口から一言でいい、自分を擁護する言葉を聞くことができていたら。
「彼女はやっていません」
そんな言葉を出していてくれれば、里奈はこれほど不安と恐怖に脅えることはなかった。これほどに苦しいのは、ずっと傍にいた彼でさえ、里奈を庇ってはくれなかったから。
美鶴のように、支えてはくれなかった。
どうして?
コウくんも、私のコトを疑ってたの?
|